五月八日、夢の中でめくりが発生した。



実に幻である。

高層ビルの一階。 仕事が終わったのは深夜二時くらい。
電車は走らず、ある意味でほっとした時間でもある。
地上の空気は冴えて広がっている。
その空間の中央に「ご案内カウンター」が小舟を割ったような形相。
三角形の半船型が、真っ白な大黒柱に尻をつけて浮かぶ。

人々が行き交う昼間であれば、高級百貨店さながらの海原を進み、
この都市を先導する女神の姿もあっただろうと、今、改めて妄想する。

もちろん、こんな深夜に受付嬢はいるわけはなく、
その代わりに、とある制作会社の男子が、ふざけて受付カウンターに座っている。

現実にはない組み合わせだ。

エレベーターから仕事終わりの人たちがパラパラと降りてくる。
ただ帰宅するためだけの足音が、冷たい空気に響き伝う。

男子は実在している。

今、案内カウンターを陣取る彼から過去、二度ほど仕事を頂いたことがあるのだ。
それ以上は何も知らず。
彼には「本書」のことを教えておらず、この夢には心当たりがない。
私は近づいて、一枚かるたの『檸檬』をめくってもらった。
あれこれ話して、三枚連奏のかるた『よみとき』もしたと思うが、
夢のカードに記され、目に映った一節は幻だった。

図らずも受付に座って『檸檬』をめくる。
このことは、おそらく一本だちして間もない中堅未満の彼が、
彼が属する会社のみならず、建物全体を代表して運命をめくる。

私は、単なる「あそび」として見過ごせない「あそび」をさせていた。
彼にとっては暇つぶしの微睡み。残務があるらしい。階上に戻っていく。

彼の会社では、まだ働いている人たちが沢山いた。
そんな彼らが、どういう方法で現れたのかわからないが、
右側に視線を傾けると、彼らは私の前で私に背を向けて整列していた。
知らない人のほうが多かったが、以前もう一種類のかるた、
個人向けの『よみとき』をしてくれた人もいて、嬉しい。
後ろからは顔は見えない。現実社会の彼らは整列しない。この整列は幻なのだ。

去年、彼が手配した中年おばさんと同じ部屋で作業したことがあった。
長い待ちの時間に話した。ホームページと映像を見せると、ネットから注文してくれた。
彼女は女優になりはじめた娘さんのことを、とてもとても楽しそうに話してくれた。
私は名も知らない。

そんなことを思い出した。

それと過去、死亡したはずの彼から仕事が発注されていた。
という、不思議な夢をみていた。


   ・日記 「不思議な夢を見た。」(二十六年九月一日)


彼が他者(わたし)の夢の中で二度も出現していることは誰も知らない。


夢の続きに戻る。

私が位置する場所から案内カウンターを越えた奥、
建物の左側に実際の受付嬢がいた。

夢の中の人物である
知っていた書店員の面影が少しは反映されているのか。
彼女は、とある丸善ジュンク堂の受付嬢。
夢から醒めずとも知らない人であることは知っていた。
初対面の彼女はホームページを知っていた。

「お仲間とやってらっしゃいますか?」
「それとも、非力でやっていますか?」

と、質問。 「非力でやっています。」 と、即答。

キリッとアイシャドーに縁取られた彼女の瞳が、じわっと潤んだ。

夢の中とはいえ、そんな潤んだ目で見詰められたら
夢主(わたし)の心も揺れてしまいそうだよ。


散漫になってしまったが、こんな夢である。



結果的に私はここで、二種類のかるたの説明をした。